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seemoreglass’s diary

読んだ本の引用、好きな作品の紹介

【あらすじ】チェーホフ「いたずら」(松下裕訳)

ポケットアンソロジー この愛のゆくえ (岩波文庫)

ポケットアンソロジー この愛のゆくえ (岩波文庫)

語り手のわたしはナージェニカという女の子を橇遊びに誘う。ナージェニカはこわがってなかなか首を縦に振らないが、根負けして滑ることにする。わたしは滑り降りる途中、「橇の勢いとざわめきとがもっとも激しくなった時を狙いすまして」、小声でこうささやく。
「好きだよ、ナージェニカ」
ナージェニカにはこの言葉が私がささやいたものなのか、「風の唸りにまぎれて聞こえたような気がしただけなのか」がわからない。気になって仕方ないナージェニカは恐ろしいにもかかわらず何度も橇遊びをしたいとわたしに言い、わたしも滑るたびに「好きだよ、ナージェニカ」とささやく。やがてナージェニカはこの言葉に病みつきになるのだが、やはりわたしと風のどちらが恋をささやくのかがわからない。ある時ナージェニカ一人で滑り降りるのをわたしは目撃する。わたしがいないときでも甘いささやきが聞こえるかどうかを検証しようとしたのだが、滑り降りる恐ろしさが強いため、聞こえたのか聞こえなかったのかナージェニカ自身にもわからなかった。
やがて春になり橇遊びはできなくなり、わたしはペテルブルグに旅立つことになる。わたしの家とナージェニカの屋敷とは隣同士で、わたしが庭にいるとナージェニカが姿を現わした。風が吹くのを待って、わたしは小声でこうささやく。
「好きだよ、ナージェニカ」
これを聞いたナージェニカは嬉しそうに声を上げ、ほほえみを浮かべ、風に向かって両手を差しのべる。わたしは荷づくりのために家の中へ引き返す。
今はナージェニカは結婚し、三人の子どもがいる。だがわたしと橇遊びに出かけたことも風が「好きだよ、ナージェニカ」という言葉を届けてくれたことも忘れていない。幸福で感動的な思い出として心に刻まれているのだ。
しかし、今となってはわたしがなんでこんないたずらをしたのか自分でもわからないのだった。