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seemoreglass’s diary

読んだ本の引用、好きな作品の紹介

【引用】角田光代、穂村弘『異性』

異性 (河出文庫)

異性 (河出文庫)

思うに、恰好いいとかもてるとかには、主電源というかおおもとのスイッチみたいなものがあって、それが入っていない人間は、細かい努力をどんなに重ねても、どうにもならないんじゃないか。(穂村、p.106)

以前、宮沢りえとの破局に関する記者会見で「愛情がなくなりました」と云った貴花田(現・貴乃花親方)にはびっくりした。誠実モンスターだ。ああいうときって普通は、お互い忙しい生活の中で少しずつ気持ちのズレがなんとかかんとか、って云うもんじゃないのか。
(中略)
どのような局面においても男の方が無理な論理を駆使して、苦しい云い訳を口にするケースが多いんじゃないか。女性はだいたい誠実モンスター。(穂村、p.226)

【引用】山田風太郎『あと千回の晩飯』

あと千回の晩飯 (朝日文庫)

あと千回の晩飯 (朝日文庫)

思うに人生は、夢や幻想がさめてゆく過程だといっていい。
親は子に対して、子は親に対して、夫は妻に対して、妻は夫に対して。
税金を払うときは国家に対して、死床にあるときは医者に対して。
そして、自分は自分に対して。
それでも大半の人間はふしぎに絶望しない。(155)

【引用】スベトラーナ・アレクシエービッチ『チェルノブイリの祈り』

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

だれかが忠告してくれた。「忘れないでください。あなたの前にいるのはご主人でも愛する人でもありません。高濃度に汚染された放射性物体なんですよ。あなた、自殺志願者じゃないんでしょ! 冷静におなりなさい!」。私は気がふれたように「彼を愛しているの、愛しているの」とくりかえすばかり。(16-17)

【引用】佐藤剛史『大学で大人気の先生が語る〈恋愛〉と〈結婚〉の人間学』/南野忠晴『正しいパンツのたたみ方』

朝、仕事に出かける時に、「いってらっしゃ~い」と妻や子供が見送ってくれます。仕事から帰ってくると、家には明かりがついていて、(中略)子どもたちが「パパだぁ~」と居間から飛び出して来て、両足にしがみついてくれます。
 こんな温かい生活を味わったら、誰も見送ってくれない、「おかえり」も言ってくれない、明かりのついていない家に帰るというような生活には戻れません。
 幸せな人生とは、一緒に喜びあえる人がいるからこそ、幸せだと思うのです。いくら目的を達成しても、社会的に成功しても、何かを成し遂げても、一緒に喜べる人がいなければ、そう嬉しいとは思わないはずです。
 大好きな人と、生活を共にし、幸せな人生を創り上げることができるのが結婚です。(42)

正しいパンツのたたみ方――新しい家庭科勉強法 (岩波ジュニア新書)

正しいパンツのたたみ方――新しい家庭科勉強法 (岩波ジュニア新書)

それぞれがそれぞれで精いっぱい生きてゆくことが大切なことであって、定形化されステレオタイプ化された家族イメージを生きることが必ずしも「幸せ」につながるわけではありません。でも、「結婚していないカップルは家族じゃない」と考える人の多さからもわかるように、生徒たちの「幸せの形」はずいぶん固定化されていて、それ以外の生き方は「失敗」であるかのように思い込んでいたりします。(73)

僕自身は、誰かとともに暮らそうという気持ちが形になったものが「家族」であり、その一員として自分で何ができるかを考え、やるべき責任を果たし、かつお互いの距離も大切にするということが大事なのではないかと思っています。(93)

同じ岩波ジュニア新書でこうも違うのかと思って並べてみた。佐藤剛史先生の思い描く「幸せの形」は南野忠晴先生の言葉を借りれば「ずいぶん固定化されてい」るように見える。

【引用】ジム・トンプスン『ポップ1280』

ポップ1280

ポップ1280

男は微笑んだ。ミツバチのケツほどの口が、横に広がって、やっと歯が一本見えた。まるでメスのハトが卵を生むところみたいだった。(231)

それに、食っているときと眠っているときには、自分の力ではどうにもならないことについて、あれこれ頭を悩ませずにすむ。あとはジョークを言って笑っているしかない……耐え難いものに耐えていくためには、ほかにないじゃないか。(247)

おれは言った。おれは聖書に記されている聖なる指示に従って、自分の務めを果たしているだけなのだと。「それがおれの仕事なんだよ。つまり、人間が人間として生きているという罪を徹底的に罰するということがね。うまく誘って、本性をさらけ出させて、それからこっぴどい目にあわせるんだ。そりゃあ、えらくたいへんな仕事だからね、ローズ、人をわなにはめる仕事の途中でちょこっとお楽しみを味わったって、そのくらいのことは許されると思うよ」(277)

【引用】栗原康『はたらかないで、たらふく食べたい』

はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言

はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言

これだけ仕事がなくなっているのだから、もうみんなでたすけあって、はたらかないで食べていく道をさぐったほうがいいのではないか。というか、そういうたすけあいこそ、ほんらい労働とよぶべきではないだろうか。みんなが小躍りしてしまうようなたのしい空間をつくることこそが、ほんとうの意味での労働ではないだろうか。そういってくれないなら、はたらこうとなんてするもんか。あそびたい、あそびたい、あそびたい。(12-13)

パートナーが夫や妻の役割を放棄して、自分のやりたいことだけにのめりこんでいたらどうおもうだろうか。あるいは、貯蓄もないくせに、他人のために無償の奉仕ばかりしていたらどうおもうだろうか。子どもの成長を見守るように、そんな相手の生の成長をともによろこんであげることができるかどうか。伊藤(野枝)は、それをやるのが友情に裏づけられた恋であり、自分や他人の生命を尊重するということだと述べている。(48-49)

【引用】木村草太/柴田元幸『現代語訳でよむ 日本の憲法』

CD付 現代語訳でよむ 日本の憲法

CD付 現代語訳でよむ 日本の憲法

また、憲法には、「私たちはこういう国ですよ」と世界に分かりやすくアピールする役割もあります。つまり、「外交宣言」としての側面も持っているんです。ですから、第9条のような条文をちゃんと置いて、「われわれは武力を絶対行使しません」とアピールしておくのは大事なことです。
 第9条の平和条文や、第97条の基本的人権の条文を変えたり削除したりというのは、実は法的にはあまり意味がないかもしれません。第9条を削除しても、軍隊の軍事編成権を国民がvest(与える)してくれないと、内閣などが軍隊を構成することはできないので、軍隊は持てません。
 ただ、これらを削除するようなことがあるとすれば、おそらく世界各国に相当強い印象を与えると思います。「平和条文を削除する国なんだ」「基本的人権の条文はどうでもいいと考える国なんだ」とみなされ、日本にとって大きなイメージダウンになるでしょうね。そういう意味では非常に重要な条文です。(136-137)